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2011/09/11

あの旅から3年。

子供が生まれて慌ただしくしているうちに、この旅ブログを更新しないまま1年が経ってしまった。3周年企画ということで、まる3年前の旅の経過の写真を日替わりのスライドショー形式で載せていこうかと思う。

2010/07/26

あの旅から2年。

もうすぐあの旅から2年。月日が流れるのは早いです。
またあの道に戻れる日を夢見て、

Amboy, CA | 2008/10/09-day28

2009/10/31

San Juan Islandへ渡るフェリー

Anacortes - Friday Harbor, WA| 2008/10/31-day50
旅の折返し地点を San Juan Islandに決めて、フェリーで渡った。丁度1年前、旅も50日目のこと。



早めに行ったので、先頭に乗っれた。ラップトップのGPSはちゃんと海上を移動を記録していた。




少し晴れてきた。
船内はいたって普通。シーズンオフだからか、のんびりムードが漂う。




フェリーには物流トラックや、徒歩・自転車の人達も。もうすぐ到着。

2009/08/27

New Mexico Mining Museum

Grants, NM | 2008/09/25-day14

小さな街だったが、鉱山博物館があるという。前夜の宿の近くだったので訪ねてみた。思っていたよりも、小さくて地味な博物館だった。





地下にウラン採掘の様子が復元されていた。シカゴの科学産業博物館の炭鉱の展示に似ているが、「手作り感」に溢れていて、その埃っぽさがリアルだ。

実際に使っていたポスターなども。





"TEMPER control it for everybody's safety"

イライラは皆の安全の為にコントロールしよう。って感じだろうか。地下の狭い場所でダイナマイトを使ったり、採掘作業を続けていると精神的に参ったりもするのだろうし、それで暴れてしまっては大事故の危険もある。
「あなたもこれを貼って心掛けて欲しい」と妻に言われる。一理あると思ったのでプリント用に撮ったのが上の写真。私のように心当たりのある人は机に貼ってはどうだろうか。周囲のためにも。



採掘されたウラン鉱石は不純物を取り除きイエローケーキ(Yellowcake)と呼ばれる状態で出荷される。極端な事を言えば、原発や原子力爆弾の原材料だ。原爆の写真が並べてあって、ちょっとゾッとした。

この周辺は、原子力開発に使うウラン採掘のお陰で、第二次大戦から冷戦時代にかけて、まるでゴールドラッシュのように栄えたのだそうだ。鉱山で働く男たちは湯水のように金を使い、街には21軒もの酒場が並び、ルート66沿いにはガソリンスタンドが20軒も並んでいたとか。

アメリカの途方もない田舎を旅していると、一見何もない土地に、そういった時代の裏舞台に出くわす事がある。ウラン鉱山、兵器の実験場、ICBMの発射サイロ、そして退役した軍用機など。僕はわざとそういった場所に出向いては、自分の目で何かを解釈して消化しようとしていた気がする。この砂漠の街が今やゴーストタウン寸前であることは、もしかしたら前の時代よりも少しは平和になった証しなのかもしれない、とか、そんな事を思うのだ。


なお、広島・長崎に投下された原爆に使われたのは当時ベルギー領だったコンゴ産ウランだった事は旅が終わってから知った。

2009/08/18

TX2500Z

旅行で使ったPCはHPのTX2500Zというタブレット・ノート。

ディスプレイを反転させタブレット状にして、GPSソフトを起動させておくと、助手席でナビしてもらうには丁度使い勝手が良かった。少し重量感があって熱くなる機種だけど、ルート66の古い道を詳細に辿ったり、GPSで旅の全ルート記録したりと、大活躍だった。

旅が終わってからは、外付ディスプレイに外付マウス&キーボードで、まるでデスクトップの様に使ってきたのだが、ここ数日、自動バックアップの失敗が続いてたので調べてみたら、ハードディスクが損傷して不良クラスタが出来てしまっていた。

うーん1年でハードディスク交換とは・・・やっぱり熱も要因の一つだったのではないかと思う。これからは熱対策も考えなければ。もう少し長持ちしてくれてたら windows 7を導入したかもしれないのに、今さら(いまいましい)vistaをクリーンインストールとは!すっかり徹夜作業になってしまっている。

復旧までの道のりはまだ長そうだが、それでもバックアップは出来たし、完全に壊れる前に交換出来たのは、最悪の事態を想定すれば泣かずにすんでラッキーだったのかもしれない。

2009/08/09

US-84

US-84 (Historic Route 66) near Dilia, NM | | 2008/09/22-day11





やっぱりこういう風景がたまらなく好き。



View Larger Map

この辺りだろうか。雪が積もっているようだけど。



また旅に出たくなってしまうよ。

2008/12/23

旅の変化球



福光屋「加賀鳶(かがとび)山廃純米・超辛口」
サンタモニカの日本食スーパーMitsuwaで購入し、旅の後半でちびちび呑んでたお酒。アメリカを旅していて、ビールやワインは旅先でいくらでもバリエーションがあるけれど、たまに日本酒があると変化球的で良い。「今夜も節約して安モーテルだけど、その代わり日本酒呑んじゃおう」という(子供騙し的な)効用も。
roadtripのトランクに一本、冬場は冷えていいかもね。web

2008/12/04

Motelの朝

Kingman, AZ | 2008/10/08-day27



僕達はいつも出発が遅い。
この日もチェックアウトする最後の客になってしまった。

ご覧の通り、Motelは直線で構築された世界だ。

2008/12/03

US Route 20

US route 20, ID | 2008/11/05-day55



「ルート20」、下一桁が"0"なので東西を結ぶ国道である事を表している。東海岸のボストン(マサチューセッツ)から西海岸はニューポート(オレゴン州)まで大陸を横断、途中シカゴも経由する。全長3,365 miles(5,415 km)とアメリカで一番長い道路だ(地図)。そうそう、大前提として、US6, US66, US20など偶数は東西を走り、奇数の道は南北を走る。

写真のルート20はアイダホ州のCraters of the Moon National Monumentからワイオミング州のGrand Teton National Parkに向かう途中で。

ちなみに下一桁"0"は一番北に(未完の)US10があり、南はUS90まで。US90は東はフロリダ州のJacksonville Beachを起点に横断するのだが、テキサス州で途切れてしまっている。その代わり、Interstate/高速道路のI-10がほぼ同じルートで西海岸まで(ルート66と同じサンタモニカまで!)貫通している。Interstateも下一桁"0"は横断道路を示すが、位置する順番は逆でI-10が南にあり、最後のI-90が一番北を走っている。・・・という事を、この旅で初めて知った。


Craters of the Moon National Monument, ID

2008/11/26

靴のなる木

near Amboy, CA | 2008/10/09-day28




カリフォルニア州モハベ砂漠、Amboyやバグダット・カフェを目指してルート66を西に向かう。この近辺は高速I-40からも離れており、砂漠の中に取り残された寂しいところ。潰れたレストラン跡(Roadrunner's Retreat Cafe)を通り過ぎた所で、写真を撮った。

さらに少し進んだところで、shoe tree "くつのなる木"を見つけた。
結構高いところにまで、無数の靴がぶら下っている。



スニーカーが中心だが、パンプス/ハイヒールやアイス・スケート靴、ブーツなども。残念なことに、あまり形の良い木ではなかった。靴の重みもあって痛んだのか、木の一部は崩れていた。




shoe treeは旅行中にあと2ヶ所で見かけた。やはりカリフォルニアの砂漠のUS-395でと、ミネアポリスの大学近くで。どうも各地にあるらしく、ネット(画像)検索すると沢山出てきた。見栄えの良くないものが多いが、中には少し驚くような写真もあった(たとえばこれ)。

こういうのは、ただの落書きの類なのか"art"なのか、あるいは"落書きart"なのか、微妙なところだ。

ちなみに、この少し手前のESSEXとの間では、路肩の土が盛り上がった所に、石やガラスを置き並べて、名前などを書くというのが流行っている区間があった。あまり雨や風が無いのか、かなりの数がそのまま残ってた。言葉で説明するより、写真の方が早いね。こんな感じ。 道と砂漠しかない所を走る、モノ好きな旅行者の遊びだね。

2008/11/14

(day64)




旅行中、目が覚めた時に自分が何処に居るのか分からなくなった事が、何度かあった。63日間で同じ宿に2泊したのは2ヶ所だけ。夜遅くに辿り着くなり、倒れるように寝ただけの宿もあった。

今朝、目が覚めて見えたのは、縦長のブラインドに窓の外の湖。あぁ帰ってきたんだなぁと、旅の終わりを実感した。もう"64日目"ではないんだ。久し振りの我が家のベッドは、旅先のどんなベッドよりも硬くて快適だった。





壁のカレンダーは、まだ9月。
出発したのは9月12日だった。遠い昔のような、つい昨日のような。

旅の写真やメモで載せられなかったのが沢山あるので、整理しながら、しばらくはこの旅ブログも更新を続けてみようかと思う。何よりも自分が忘れないように。


誰よりも、ウチの郵便物や観葉直物を管理しておいてくれたKT夫婦にお礼が言いたい。忙しい所、本当にありがとう。
2ヶ月分の請求書の束を開けてゲッソリしているところだよ。

2008/11/13

day63 短信 ただいま 11,705.5



St. Paul/Oakdale, MN発-Madison, WI-Chicago IL着

雨の中をひたすら走って、帰ってきました。
寝心地の良いベットだったので出発は昼過ぎ、到着は写真の通り夜10時前(11/13)。途中Madison, WIに立ち寄り休憩&気分転換。入った日本料理屋がハズレでがっくりしつつも、めげずに再び雨の中・・・。
2ヶ月以上に渡る旅も無事に終える事が出来ました。ありがとう。

2008/11/12

day62 短信


Minneapolis/Eagan, MN発-St. Paul/Oakdale, 泊

2つの美術館とカフェ。

1)Walker Art Center
工藤哲巳(1935-90)の回顧展をやっていた。沢山並ぶ男性器のオブジェ。白黒フィルムの上映もあって、1969年にパリから帰国した彼が鋸山の岩肌に巨大な"さなぎ(=男性器)"を彫るというドキュメンタリーだった。ミネアポリスで昭和の前衛芸術を味わう不思議な気分。 

この美術館に行ったのは、北京オリンピック「鳥の巣」のヘルツォーク&ド・ムーロンによる設計だったから(増築部分)・・・なのだが、特別な印象は残らず。建築が目を引くという点ではフランク・ゲーリーによるWeisman Art Museumがあるのだが、シカゴのプリツカー・パビリオンで見慣れているし、先日も彼が設計したシアトルのSFミュージアムに行ったばかりだったので、今回はパスした。中西部の美術館の建築ではサンティアゴ・カラトラバ設計のミルウォーキー美術館新館が一番好きだ。


2)Minneapolis Institute of Arts
総合美術館だが、シカゴ美術館が直球ド真ん中なら、ミネアポリス美術館は多彩な変化球といった感じで楽しめた。例えば、O'Keeffeだったら花や動物の骨というのが定番だが、ここではCity NightというNYの夜の高層ビルを連想させる絵だったりする。ずらりと揃った著名な写真は勉強になったし、日本の江戸時代のコレクション等も充実していた。しかし・・・かなり目立つ所に、巨大な村上隆のオブジェがあった。うーむ。上述の工藤哲巳展といい、今のミネアポリスは日本のキワモノに目が向いているのだろうか。

それにしても、美術館が無料というのは太っ腹だ。




2008/11/11

day61 短信


Albert Lea, MN-Austin, MN-Minneapolis/Eagan, MN

久し振りに天気崩れる。昨日のうち沢山走っておいて良かった。凍った雨で車全体が氷で覆われていた。可哀相なEOSよ。

まず、妻の強い希望でSPAM Museumへ。
迷惑メールのspamじゃなくて、スパム缶の本社Homel Foods(Austin, MN)にある博物館だ。ちなみに僕はSPAM缶はちょっと苦手だ。

その後は、ミネアポリスまで約115マイル、みぞれ混じりの雨の中をノロノロと走り、Mall of Americaへ。
天気が悪くても広々とした屋内で過ごせるのは良い。特に買い物はせず中をぐるっと歩いた後で、食事。そして早めに近くの宿にcheck in。外は雪・・・明日の天気が気になるところ。

*昨夜通り過ぎたミネソタ州の街に”Blue Earth”という所があった。名前も素敵だが、ここには冷凍野菜や缶詰でお馴染みのJolly Green Giantの巨大像が立っているそうだ。天気が良かったら、写真を撮りに戻りたかったのだが、諦めた。  
見損ねたと言えば、グレイハウンド・バスもミネソタが発祥の地で、博物館があり、歴代のバスが並んでいるそうだが、営業は夏季のみとか。まぁシカゴからまた来れる距離なので、またいつの日にか。

day61 11,111



11月11日に走行11,111マイルを迎えた。

1111.1の写真を撮りたかったのに、タイミングを逸してしまい、残念。
ところで、走行10,000mlを迎えたのは11/7。その瞬間の写真を撮ろうと思っていたのだが、ハイウェイを走行中で無理だった。しかも9999.9の次はなんと単に0.0にリセットされてしまい、この時はしばし呆然としてしまった。

2008/11/10

day60 短信


Kadoka SD-Albert Lea, MN

I-90を一直線にひたすら走り(約450マイル強)、ミネソタ州のミネアポリスの近くまで辿り着いた。先週木曜の豪雪の名残りで、サウスダコタ州では除雪されたハイウェイ以外の風景はただの真っ白、雪原が広がっているだけだった。豪雪に巻き込まれなくて、本当にラッキーだった。

サウスダコタを移動してる間に、いつのまにか時間が山岳部標準時(MST)から中部標準時(CST)に変わっていた。シカゴと同じ時間帯だ。帰宅する日=旅の終わりが近づいているのを実感する。

day59 (短信ー空欄)

Custer, SD-Crazy Horse Memorial-Custer State ParkKadoka SD

2008/11/08

day58 短信


未知との遭遇

北北西に進路を取れ/ナショナル・トレジャー2

Gillett, WY-Devils Tower -Mount Rushmore -Custer, SD

Devils Towerは自然の産物、一方 Mount Rushmoreは人工物だが、どちらもその存在は「かなり唐突」。

2008/11/07

day57 短信


Thermopolis, WY-Gillett, WY
ワイオミングを移動

2008/11/06

day56 短信



Jackson, WY-Thermopolis, WY泊
Grand Teton National Park